柿生線№31 耐張

mKm | 2009/7/29 11:06
写真登録: mKm
鉄塔はクルドサックの中央の島に立っている。
クルドサックについては、コメントを参照。

上段2回線は柿生線、下段2回線は川崎火力線。

この鉄塔は 2018〜2019年にかけて西隣の#30 とともに建て替えられた。
かつてこの鉄塔は前後の鉄塔に比べて特に低く、横から見ると電線の経路がかなりへこんで見えていた。

2019年の建て替えにより、#30と共に高くなっている。#30とこの鉄塔#31 の高さの変化は次のとおり:
 #30: 52m→70m 高さの増加は 18m
 #31: 39m→56m 高さの増加は 17m
西隣の#30 の電線の取り付けは懸垂碍子から耐張碍子に変化している。

以前の鉄塔:
1961年(S.36)11月建設
高さ: 39m

(本項の初期マッピング 2011-07-18 by someone)
高さ: 56m
神奈川県 横浜市青葉区 美しが丘二丁目 52
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コメント (7)

mkm
この鉄塔は住宅街の「クルドサック」の中央の島に建っています。

クルドサックは、フランス語 cul-de-sac (=袋の底)の意味のとおり、
行き止まりになっている道路です。
この構造によりクルドサックの周りの住人は、家の前の道路を通り抜ける
外来の車に悩まされることが少なくなります。

日本語でいえば「袋小路」[ふくろこうじ]といえますが、クルドサックは
単なる行き止まりではなく、入った車が元に戻れる構造になっています。

袋の底の部分は、この柿生線 No.31 がある場所のように中央に島がある
ループ状道路だけでなく、円形の広場の場合もあります。
いずれも、クルドサックに入ってきた車は、元にもどるしか出口がありません。

さらに、出入り口が一方だけでは災害などの時の逃げ道が確保できなく
なるので、袋の底にも人が通れる道があります。
この道は狭かったり、柱が立っていたり、階段があったりして車は通れません。

柿生線 No.31 のあるクルドサックの底には南側の階段に続く歩道があります。
また東側は公園になっています。(美しが丘第四公園)
初めまして、昔の航空写真を見ていましたら、1947年の白黒航空写真に、この位置に鉄塔のようなものが写っています(白黒ではっきりわからず最初何だろうと思い現在の地図に切り替えたら現在は送電鉄塔でした)。1947年すでにあったのでしょうか、調べるうちこちらのサイトにたどりつき、書いた次第です。航空写真は、「Googleマップを使って過去の地形図や空中写真を見る」サイトで見ています。
によって非表示
mkm
コメントNo.2 きむらさんのおっしゃるとおり、この鉄塔は 1947年には既に存在し、
その後に建て替えられたものと思います。
(1961年建替 多少の位置の変更はあったかもしれません)

ご紹介いただいた沼津工業高等専門学校の先生の地図サイトで「1930年頃」の地形図を
見ると、既に柿生線の送電線が通っているのがわかります。
http://user.numazu-ct.ac.jp/~tsato/w...
↑このサイト、便利です。ご紹介ありがとうございました。

柿生線を若い番号へたどってゆくと No.19 で桜ヶ丘線に分岐しています。
http://tower.30maps.com/map/20914
さらに桜ヶ丘線をたどると No.72 の鉄塔があります。これは 1939年(S.14)建設の鉄塔
が残っています。 ( http://tower.30maps.com/map/26575
かつては黒部川沿いの水力発電所から繋がる送電系統が、桜ヶ丘線から柿生線を通って
川崎方面につながっていたそうです。

この事実からも 1947年(S.22)には柿生線 No.31鉄塔が存在していたことが確認できます。

なお、現在は柿生線 No.19 での桜ヶ丘線 No.79-甲/乙 への分岐は接続が切れています。
参照:http://tower.30maps.com/map/26583 (桜ヶ丘線No.79-甲)
   http://tower.30maps.com/map/69368 (桜ヶ丘線No.79-乙)

現在では柿生線のはじまりは西東京変電所です。
参照:柿生線No.1(西東京変電所) http://tower.30maps.com/map/21195

柿生線の各鉄塔の送電線は上下2段になっており、上段2回線(電線6本)に
「柿生線」、下段2回線(電線6本)に「川崎火力線」が架設されています。

川崎火力線 No.80 で送電線は地中に入っています。敷地が東電の施設で、
かつては京南変電所があった場所です。
参照:川崎火力線 No.80 http://tower.30maps.com/map/24857

ウェブを検索すると、No.80からは地下化された京南変電所につながっていると
いう記載と、別の変電所につながっているという記載がありました。

鉄塔名は、柿生線No.47 の次が 川崎火力線No.48 に変わっています。
参照:柿生線 No.47 http://tower.30maps.com/map/20945
回答ありがとうございます。1947年にすでにあったという事は、この柿生線№31鉄塔は、おそらく戦前から田圃の中にたっていて、田園都市線が通り地主が変わり住宅地に開発された、戦後の劇的変化を見続けてきたのか、などと思いました。桜ヶ丘線 №72もたいへん興味をもちました、見に行こうと思います。ありがとうございました。
エントリーオーナーによって非表示
mkm
柿生線No.31【2019/04:南南西側近傍から】柿生線No.31【2019/04:北西側近傍から】柿生線No.31【2019/04:南東側近傍から】柿生線No.31【2019/04:公園横案内板】
鉄塔の建て替えがあり、写真を追加しました。 
このコメントに掲載した写真のほか、トップにも追加しました。

新しい鉄塔は旧鉄塔と同じ位置にあります。 西隣の #30 と同様に、電線をなんらかの
方法で退避させてから旧鉄塔の外側に一回り大きい鉄塔を作り、電線を本来の位置に
付け替えたものと思います。
この鉄塔については工事の経過を見ることはできませんでした。

工事期間は現地のお知らせ掲示では 2018年9月から2019年9月となっていますが、
新しい鉄塔の組み上げと電線の移設は 2019年5月には終わっていました。
mkm
柿生線#30&#31 新旧比較【2013/05, 2019/05:北西側から】
柿生線No.31 と 西隣の No.30 の新旧鉄塔の比較の写真を掲載しました。

それぞれの鉄塔と撮影位置の位置関係を Google MyMaps で示しました。
https://drive.google.com/open?id=1VO...