登戸線 No.13

mKm | 2009/8/28 13:19
写真登録: otto | mKm
千南線 No.特4 から分岐した登戸(のぼりと)線は、このNo.13 で地中に潜る。

1967年2月建設
高さ: 33m
神奈川県 川崎市多摩区 宿河原五丁目 25-28
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コメント (6)

mkm
番号を確認し、写真を追加いたしました。
mkm
写真を見ていたら、otto さんが登戸線の一連の鉄塔を撮影していました。
(2019-03) 久しぶりにこの線を思い出しました。

私はかつて JR新鶴見線の下を登戸線がくぐり、交差部分の登戸線No.9 が低い鉄構に
なっているのが面白いと思ったので追っかけてみました。
➜ 登戸線No.9 http://tower.30maps.com/map/24883

この線の始まりの No.1付近は川世線・千南線・久地変電所が複雑に繋がっているのが
面白く、また最終の No.13 は変わった形の鉄塔で興味深いです。
➜ 千南線No.特4 http://tower.30maps.com/map/21648

登戸線No.9 付近は桜の木が多く、春には花見ができます。河原や公園じゃないので
宴会は無理かと思いますが。

登戸線No.13北側の道の地下には、南武線のすぐ南側にある二ヶ領用水宿河原線
から分岐して(現状で水が流れているかどうかは不明)多摩川につながる暗渠が
通っています。 この水路が何百年か前の多摩川の流路だったということです。
参考: ➜ 写真 http://bit.ly/mKm_20180323-1

鉄塔周りにいろいろなものがあってそちらにも興味を惹かれました。

東京の駒沢線には世田谷区の地域風景資産に登録された「代田の丘の61号鉄塔」が
ありますが、登戸線もこの地域の特徴ある風景としての役目をはたしているように見えます。
➜ 駒沢線No.61 http://tower.30maps.com/map/3365
otto
mKmさまにご覧いただき恐縮です。

調子に乗って登戸線no.9の写真を追加いたしました。

この登戸線は登戸どころか宿河原駅の手前で地下にもぐってしまいますが、かつては地上を登戸駅周辺まで行っていたのでしょうか。

多摩川の流路のこと、勉強になります。先日放送されたブ〇タモリでも取り上げられていました。
多摩川をはさんで両側に同じ地名がいくつかあるのは、かつての流路が南西寄りだったという話
でした。

mkm
otto さん、コメントありがとうございます。

時間が経ってから新しい写真を撮影していただくと、鉄塔そのものや
周囲の変化がわかって、またおもしろいものです。

いつぞや No.9 の前を通った時は、鉄構の近くで花見をしているグループが
ありました。 あの辺、桜も多い。 otto さんは「植木屋の畑?」と
コメントされましたが、そうなのかもしれません。

確かになぜ「登戸(のぼりと)」なのかは、私も変だなとは思っていました。
もう一度写真を見てみると、地中ケーブルの行き先が登戸変電所でした。
「登戸変電所行きだから登戸線」ということでしょうか。

なお登戸変電所はこの鉄塔から西南西に1kmほどのところにあり、住所は多摩区長尾
(ながお)で、登戸ではありません。北東方向に1つ宿河原(しゅくがわら)の
町を挟んで登戸になっています。 これはこれで新たな疑問です。
➜ 登戸変電所: https://goo.gl/maps/JAqLobmtsDq


この近くでは川崎市高津区宇奈根(うなね)と東京都世田谷区宇奈根とか、
多摩川のすこし上流には川崎市多摩区布田(ふだ)と東京都調布市布田が、
川を挟んで存在する同じ地名ですね。

護岸がしっかりしていないころは大きな川はかなり移動していたのだということ
がわかります。 近年でも、流路は変わらないまでも 1974年9月に狛江(こまえ)の
多摩川決壊がありました。 人口的に作った堰(せき)に阻まれた水流が河岸を削って
しまったのですが、水流が大量の土砂やコンクリート壁を簡単に流してしまう大きな
力を持っていることがわかります。

当時は、濁流を逃すために自衛隊が小田急線鉄橋下流のコンクリート製宿河原堰
(しゅくがわらぜき)を爆破しました。 その爆破音は5km以上離れた私の家でも
聞こえました。
➜ 多摩川決壊の碑: https://goo.gl/maps/QsiCvSRUjk32
otto
mKmさま

お話、たいへん参考になります。ありがとうございます。

登戸変電所、気づきませんでした。それなら登戸線で納得です。
にわかリサーチをしましたら、登戸とは名のある船着き場だったそうなので、変電所の命名もそれにあやかった可能性もあるかもしれません。
仙川の方が近くても、成城学園から徒歩〇分のようにですね。

狛江の多摩川決壊、リアルタイムでニュースで見ていました。新しそうな一軒家が傾いて流されていましたね。
新宿に超高層ビルが次々に建つ時代にこんなことがあるのか、と衝撃を受けたのを覚えています。

今日もちょいとうろうろしておりましたが、川世線の№30が以前mKmさまが撮影された写真と違っているようでした。

mkm
otto さん、コメントありがとうございます。
ちょっと忙しかったので遅れての反応です。

登戸は昔から大きな町だったので、その名称を冠するのは不自然では
ないということなのですね。

川世線No.30 は確かに形が変化していますね。
この点について少し考えてみました。 No.30 の項をご覧ください。
http://tower.30maps.com/map/21638